六古窯とは?
日本古来の陶磁器窯のうち、中世から現在まで生産が続く代表的な六つの窯の総称です。朝鮮半島や中国からの渡来人の技術によって開始された窯とは区別されます。 日本六古窯(常滑、瀬戸、信楽、丹波、備 前、越前)
日本六古窯について
日本六古窯(常滑、瀬戸、信楽、丹波、備 前、越前)
~信楽(しがらき)~
滋賀県甲賀市信楽町を中心として焼かれる陶磁器の事をいいます。信楽焼は本来無釉で、純白色に近い良質の胎土を用い、高火度の酸化炎を受けて地肌が赤褐色に焦げ、しかも焼成中に緑色の自然釉がとっぷりと器体にかかっています。素地の中に長石の粒子が多く、それが器表に現れているのも特徴です。
~丹波~
兵庫県を代表する陶窯で、中世以来焼き続けられています。中世初期の窯は篠山市の旧今田町域に多く、三本峠のほかに、太郎三郎、源兵衛山、床谷、稲荷山窯が知られています。。「古丹波」と呼ばれる当時の作は、赤銅色に焦げた素地、濃緑色の自然釉がかかった質実な大壺が特徴で多く好まれています。1798年には窯が分立、100メートルを超す大窯も築かれ、白地鉄絵、鉄泥を流しがけした墨流し、白化粧法などの新技法も加わりました。この時期は「中丹波」と呼ばれ最も華やかな時代となりました。
現在は立杭を中心に、品の良い茶器のほか徳利などの飲食器や民芸品が焼かれています。
~瀬戸~
瀬戸は、白瓷の系譜に属する施釉 陶器で、現在の愛知県瀬戸市で連綿と続いています。瀬戸は中世古窯における唯一の施釉陶器を製造し独自の 道を歩んでいます。従って、中世古窯においては殆どの窯場が甕、壷、すり鉢の三種を焼成していたが黄緑色や 黒褐色の釉薬を使った壷や瓶子、山茶碗を焼成していました。成立年代については、鎌倉時代の中頃に求めている 人が多い様です。窯場は猿投山西北麓で、500基近い古窯が確認されています。現在、愛知県立陶磁資料館で保存し ている古窯を見ることができます。
~常滑~
常滑焼の経緯は瀬戸の猿投窯の衰退と常 滑古窯の発生とが大きく関わっていることは、大方の見方です。常滑の位置する知多半島には、3000基の窯 が確認されているといいます。現在最も古いと確認しうるものは、三筋壷と同時に発見された四方仏石の刻文に天 治2年(1125年)とあったものです。この古窯からは瀬戸から出土したと同じ山茶碗、短頚壷、広口瓶が 出土している窯もあります。常滑も、ほかの中世古窯と同じように、すり鉢状の鉢、甕、壷の日常雑記が主体です。た だ、常滑の壷の形と信楽のそれが非常によく似ていて、相互交流が考えられます。
~越前~
越前焼きは福井県武生市織田町、宮崎村を中心に焼かれていました。北陸にはこの他にも加賀、 珠洲、狼沢の窯があります。越前は、基本的には須恵器系に属しますが、瀬戸の白瓷の影響も受け 中世には瓷器系にも属し、前に述べた信楽、備前、丹波とは少し異なります。製品は甕、壷、すり鉢等の生活雑器 を中心に、現在まで引き継がれています。
~備前~
備前焼きも信楽同様、須恵器の流れをくみ、十二世紀の末から始まったと考えられています。現在の岡山県備前 市近郊で焼かれた焼き物で、信楽と同じように、すり鉢、壷、甕の三種を主とした雑器でした。殆どの産地がそうであるように、室町時代の末になって茶の湯が盛んになってくると、茶器の生産を始めるようになるのは、備前も同様です。
ますけんでは六古窯の焼き物、食器、壷など各種買取しております。 お気軽にご相談ください。高価で売るポイントも合わせて参考にされるとさらに効率的です。 ※場合によっては買取出来ないものもございます。
![]() |
![]() |
| 六古窯大壷1 | 六古窯大壷2 |
和洋陶磁器
の買取品目
ちょっと まめ知識